『二つの国策差別に翻弄された父母への想い 〈奥間政則〉 ~ハンセン病差別・琉球弧の軍事化拡大~』/ 稲塚由美子(企画・インタビュー)& 土屋春代さん(ネパリ・バザーロ)対談

土屋春代さん(左) 稲塚由美子(右)

ネパリ・バザーロ 

2024秋カタログ つなぐつながる
ハンセン病問題を問い続ける ~変わらない差別構造~ より下記抜粋

つなぐつながる 人の縁でできたDVD

土屋:奥間さんのドキュメンタリーを作ってくださってありがとうございます。稲塚さんと出会ったのは2017年。前々からお世話になっていた光の子どもの家に密着取材したドキュメンタリー「隣る人」を観に行った時。制作者の稲塚さんがアフタートークで大久保製壜所事件のことを話されました。私たちにとっても衝撃的事件だったのでとても驚きました。


稲塚:あの時なぜか「隣る人」の原点として話しました。私には知的障がいの兄がいますが、まだ福祉環境の進んでいない時期に中学卒業後に、紆余曲折あり就職したのが大久保製壜所。自分が大学の時に兄は大久保製壜所から逃げ出して行方不明になりました。やっと見つけましたが兄は逃げた理由を話さない。今でもあの話はしたくないと言って口にしません。自分で事件を調べ、とんでもないところだと分かりました。虐待、性暴力。親たちは子を置いてくれるだけでありがたいと収めようとする。胸がつぶれます。その事件が「隣る人」制作の原点。声に出せないということの。上映会のアフタートークは何十回もしましたが、その話をしたのはあの時だけ。土屋さんが詳しく聞きたいと声をかけてくれました。


土屋:陸前高田市に震災支援で工房を建て、椿油をつくった時、気に入ったビンが見つかり、よく調べず大久保製壜所から買いました。なぜか気になって深く調べると事件のことが分かり、もうここからは買えないと思い、そのビンのメーカーから直接買うために動きました。しかし、購入先を替えることに応じてもらえず必死で交渉して、メーカーの担当社員の理解と協力を得て、ようやくルートが開けました。


稲塚:今回のDVDのことは、すぐ土屋さんに相談しました。いろんな人に知ってほしいけれど一過性のセンセーショナルではなく、顔が見えるつながりで広げたいから。


土屋:奥間さんは各地で講演され、沖縄の軍事要塞化に抗う話とハンセン病差別という二つの国策を話されますが、このDVDがあるとより伝わると思います。

奥間政則さん

両親は沖縄の人なのに、なぜ自分は、奄美大島で生まれたのか?なぜ父は酒を飲み、家族に暴力をふるったのか?
50歳で初めて、恨み続けてきた父の苦悩を知るきっかけとなった証言集を手に。


稲塚:刻々と変わる「今現在」は奥間さんに話していただく。基本的に大事なことだけを奥間さんの映像を使って伝えています。


土屋:DVDで伝えているのは変わらない価値観ですね。10年、20年経とうと変わらないこと。奥間さんが伝えたいことは、時代を超えています。

このDVDの企画の意図

稲塚 奥間さんの「父を恋う」気持ち。特に子ども時代の大事な時を失ったこと。その理由を50歳で一気に知り、父の本当の苦しみを初めて知った。その両親への想い、知らなかった過去を辿る心の旅ということで企画しました。奄美大島、宮古島…、嬉しかったのは奥間さんも行ったことがなかった所に行けたことです。


土屋:奥間さんに限らず患者ご家族の苦しみを思うと切ないですね。子ども時代に家族と持てたはずの大事な時間を奪われています。失った時は取り戻せない。あとで一緒に住んでも、戻れない。


稲塚:奥間さんもコミュニケーションが取れないと言っていました。自分も「隣る人」で児童養護施設を見てそう思います。人は誰かに添ってもらわないと寂しい。孤立は捨ておけない。奥間さんの失われた時はもちろんすべては取り戻せませんが、ニコッと笑う顔が旅の最初と最後で違うと思いました。大人もですが、子どもにとって国に勝手に人権が壊されるのは許せません。ハンセン病の差別は他の国でもあったけれど、特効薬ができた後は改善されました。日本はどれだけ遅れたか。


土屋:らい予防法が廃止されたのは1996年。少し前に、ようやくです。これほど遅れたのは私たちが理解せず、後押ししなかったからだと忸怩たる思いです。


稲塚:後押しどころか知ろうともしなかった。自分自身の中にもあるのだと思いますが、自分とは違う、そちら側ではないと。自己責任を日本人にあまりに強いてきて、辛いのは自分のせいと思わされます。


土屋:それは政府、権力者には都合がいいですね。本当は一番の責任があるのに、関係ないという顔をしていられます。


稲塚:今でもそういうことが起こっていて、それを知り尽くしているからこそ、奥間さんの両親は子どもを守ろうとして隠し、奥間さんは知らずに、親を恨む対象にしてしまった。ご両親の気持ちを思うと胸がざわざわします。カメラの前で語ってくださる方たちは人に知ってもらいたい、自分の気持ちを話したい。でも「普通」は崩したくない。指さされたり、特別視されたりしたくない。両方のせめぎあいがあります。奥間さんは覚悟してご自分で顔を出して、故郷に帰れず納骨堂に眠る方達、声なき声、生まれることのできなかったあの子たちのためにも自分が、と言ってくださっています。それぞれに事情があるので皆さんにDVDの内容をチェックしてもらいました。誰も傷つけたくありません。


土屋:大変な責任がありますね。


稲塚:出資者を募らないと決めているのは、何かあった時に自分だけに責任の所在を置くため。何があるかわからないので最大限、奥間さんと相談して、傷つけることのないように配慮しました。それに、観る人のことも信じたい。説明で全部言われるよりも、背景、言葉の後ろ側を、観た人に想像してほしいというのもあります。


土屋:そういう映像になっていると思います。奥間さんの気持ちがすごく伝わってきます。奥間さんだけの問題ではなく、私たちすべての問題だと伝えていきたいですね。なんで言わなかったの?ではない。言わせない。聞かない。聴く態勢がない人に言えません。


稲塚:背景を想像するのが大事。知的障がいのある兄は黙っていても何かを思っているというのが原点。普通の家庭でも、子どもは辛いことがあっても親を思って言えない。声なき声をすくいあげるのが私たちの想像力。


土屋:その人たちは炭鉱のカナリア。それをきいて危ないと思わないといけない。


稲塚:炭鉱のカナリアを一羽で行かせてはいけない。一緒に思う人が大事。DVDが一助になれば。ハンセン病のことでもあるのですが、普遍的なことであるから。そのためには奥間さんという「人間」を映像で観てほしいのです。


土屋:頭だけで理解するのではなく、心で受け止め、人の悲しみを分け合って一緒に乗り越えたいと思う、そういう一人にさせたくないという気持ちを、皆が持ち合えたら、温かい平和な社会になると思います。


稲塚:大勢の幸せのために個人が犠牲になっても構わないという考えがあります。犠牲になるのが自分だったらと考えて欲しいと思います。特別なことではなく、奥間さんがたどった道は誰にでもありえる。ハンセン病でなくても別なことでも。他人事と思って分断させられてしまい、真の敵から目を背けさせられてしまうことがないようにと思います。言葉を出せない兄といると、私も一緒にポツンと残されている気がします。服を一枚着るにしても、人は誰でもできると言われたら生きていけない。


土屋:一人ひとり違いますものね。できないことがあるから支え合って生きていかないと。


稲塚:「支え合う精神」が根本なのですね。ネパリの商品は血が通っています。味、生産者の背景、「共に」を大事にしているのが伝わってきます。愛楽園のある屋我地島の塩を使ったシーソルトチョコレートがますます美味しく感じます。(終わり)

「隣る人」工房