「責任担当制による家庭的処遇」で子どもたちを育てていこうとして設立された、この『光の子どもの家』ができてから33年が経つ。

ずっと責任を持って、ひとりひとりに対して、一対一の関係で、関係を作っていく。一人の担当者に子ども5名以内を丸ごと担当してもらう責任担当制を採用し、家庭的な暮らしを目標に子どもたちの養育に当たってきた。

ただ居続けるだけでいい。ぐちゃぐちゃした暮らしを共にして、泣いて笑って怒って喜ぶ。その繰り返しこそが人を生かす。人を育む。それが『光の子どもの家』だった。

だがその間、巷では、言葉のすり替え〈換骨奪胎〉が行われてきた。たとえば、小泉政権以来、「責任」とは「自己責任」のことであるとなったのだ。「自己責任」とは「一人でしょいこめ」という意味である。何か問題が起これば、責任者とされた誰か一人に責任をとらせ、その周りにいる傍観者は「無責任」を決めこむという意味の。

「袋叩きの政治」ともいうべきその価値観は、本来、国が、政治が、行政が、国民に対して為すべきことをも、一国民に「自己責任」として責任を押し付け、国民を追いつめていった。

さらに問題は根深い。

まず一国民の側でも、「そうか、自己責任なんだ」といつのまにか納得してしまう。他人事ではない。

やがて、たとえ国が関与していなくても、国民同士が「それは自分の責任でしょ」という不寛容な姿勢でいがみ合う。分断される。言い逃れ、傲慢な上から目線、意味不明な逆ギレなど、「自分には責任なし」といった無責任の一形態が横行する。

翻って、『光の子どもの家』の責任担当制とは、もっと柔らかい、柔軟なものであった。自分に手に負えそうもないことは早めに相談する。自分一人で抱え込まないで、表に出して共有して話し合うことがコインの裏表のようにあった。問題をつかんだら、どうするかねぇ、と言いながら話し合う〈ゆとり〉があった。そして、自分以外の多様な価値観をもつ者と議論し、助言を受け、閉塞しそうな自分の心に常に新しい風を吹かせることができたと思う。

巷の話に戻る。「普通」と言われる家庭があるとすれば、その中で「親でしょ」「お母さんなのに」と、常に「責任を果たせ」と迫られ、誰にも相談できず、弱みも見せられず、子どもの責任者はあんただから、と眼差された親が孤立して病む。時に子どもに当たってしまう。

「一人でやってるわけじゃないからね」と周りから声がかかり、たわいもない子どもの様子を語り合い、笑い合い、だけど何か自分では抱えきれない、困った、どうしたらいいんだろう、そんなことを、問わず語りに話せる、周りに相談できる場所や人や雰囲気があればいいんだよね。

養育の現場に、強権的だったり強圧的だったりする存在は必要ない。人は痛みを分かってくれると感じた人の前では苦しみを見せる。周りでは、時には相手の声に耳を傾け続けることが必要だと思う。

と、以上はみな、『光の子どもの家』職員たち全員で話し合って、三月末の理事会で披露された「二〇一七年度事業計画」に書いてあったことでした。そして理事会ももちろんそれを応援します。

子どもたちが生きて、よりよき人生を全うできますようにと願ってやまない。

「隣る人」工房 / 稲塚由美子

社会福祉法人 児童養護施設 光の子どもの家 機関紙「光の子」2017年・179号への寄稿

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