
ローデリック・ホールさん:ザ・ペニンシュラ・マニラにて / 2018年2月14日
★『マニラ戦』:「母、祖母、おじたちが、どこで、どのように殺されたのか…いまだに不明なままです」~ローデリック・ホールさんの語り
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「隣る人」工房 稲塚由美子・刀川和也
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ローデリック・ホールさんの父親はイギリス人。ホールさんの父親は、当時、アメリカの植民地だったフィリピン・マニラ駐在員としてイギリスの会社から赴任した後、マニラで生まれ育った女性と結婚して、マニラで家庭を築いていました。ローデリック・ホールさんは長男で、下に妹と弟二人がいました。

ローデリック・ホールさん(右上)
日本軍がマニラを占領した1942年1月にはローデリック・ホールさんは9歳になっていました。占領統治を始めた日本軍は、すぐにアメリカやイギリスの同盟国の市民すべてを「敵国人」として、サントトーマス大学のキャンパス内に強制収容しました。フィリピンで生まれたローデリック・ホールさん、きょうだい、母親、祖母等は自宅で継続して生活することができましたが、イギリス国籍だったローデリック・ホールさんの父親だけは、サントトーマス大学に収容されることになったのです。
「マニラ戦で街が破壊されるまでは、マニラは本当に美しいところだった」とローデリック・ホールさんは言います。「東洋の真珠」とまで言われていた場所でしたが、米軍と日本軍との戦闘のなかで破壊し尽されてしまいました。
友人たちと遊びまわった少年時代の記憶、日本軍の占領期間を経て「マニラ戦」を生きぬいた過酷な記憶…。ローデリック・ホールさんは、それらの記憶を『マニラ・メモリーズ』という書籍の執筆者の一人として書き記しています。
米軍のマニラ侵攻が押し迫ってきた1945年1月20日、突然、銃剣を携えてやってきた日本兵がローデリック・ホールさんの自宅の家宅捜索を執拗に行い、ホールさんのおじが隠し持っていた短波ラジオを発見したのです。スパイの容疑がかけられ、ローデリック・ホールさん、すぐ下の弟、母親、祖母、おじ、家政婦等全員が日本軍の憲兵隊が接収していたフリーメーソン寺院に連行されました。妹と一番下の弟だけは家にいなかったため、この難を逃れたのです。その後、まだ子どもであったローデリック・ホールさんと弟、家政婦等は解放されましたが、母親、祖母、おじは収容されたままになりました。
米軍がマニラに進攻し「マニラ戦」末期になると、日本軍は多くの市民を虐殺しました。ローデリック・ホールさんの母親、祖母、おじ等が収容されていたフリーメーソン寺院でも200名にも及ぶ市民が虐殺されたと言われています。

日本軍による虐殺事件を記した、フリーメーソン寺院入口横に設置されているプレート
ローデリック・ホールさん、妹、弟二人、ホールさんの父親は、「マニラ戦」を生き延びました。戦後すぐに、この寺院を訪れたローデリック・ホールさんの父親は「あまりにも多くの人々の遺体の死臭で、遺体を確認することはもちろん、近づくこともできなかった」と語ったそうです。
母親、祖母、おじ等は、この寺院で殺されたと思っていたローデリック・ホールさんでしたが、その後、かれらは憲兵隊の本部があったサンチャゴ要塞で処刑されたという資料が出てきたり、ホールさんのおじはフリーメーソン寺院で斬首されたとの証言が出てきたりして、なにが真実なのかが定かではなくなってしまったと言います。

ローデリック・ホールさんは戦後、「マニラ戦」とはなんだったのかを知るために、また、あのような悲惨な戦争を二度と起こしてはいけないとの思いで、第二次世界大戦と日本のフィリピン占領に関する書籍等、あらゆる資料を私費で収集しています。その資料は「ローデリック・ホール コレクション」として「フィリピーナス・ヘリテイジ・ライブラリー」に所蔵されており、自由に閲覧できるようになっています。
制作:「隣る人」工房
●収録日:2018年2月14日
●収録場所:ザ・ペニンシュラ・マニラにて
●コーディネート:ジョアン・オレンダインさん(ジャーナリスト)
●インタビュアー:刀川和也(「隣る人」工房)
『マニラ戦』:「母、祖母、おじたちが、どこで、どのように殺されたのか…いまだに不明なままです」~ローデリック・ホールさんの語り / トランスクリプトは次ページへ
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