ケイト・クイン 著

加藤洋子 訳

1345円+税 ハーパーBOOKS

ケイト・クインは、『戦場のアリス』(「ふぇみん」2019年7月25日号掲載)『亡国のハントレス』(「ふぇみん」2021年11月25日号掲載)と同様、戦時の史実が忠実に織りこまれた臨場感あふれる壮大な歴史サスペンス・ミステリーを書き続ける。

また今回も、厳然と存在する女性蔑視に抗い、自分の人生を生きようともがく女性が主人公だ。彼女たちの姿は今に通じ、大いに励まされ、その人生から目が離せなくなる。

物語の舞台は、第二次世界大戦下のイギリス。社交界の令嬢オスラは国に召喚され、ブレッチリー・パークのドイツの暗号解読に挑む秘密施設にたどり着く。世間から「中身空っぽ美人」と揶揄されるオスラは、気骨あるところをみせようじゃないの、と、得意な語学翻訳に従事する。

ドイツの軍事通信には「エニグマ暗号機」が使われ、連合軍には解読できないと思われていた。暗号解読は戦争の勝敗の行方を左右する。女性でも解読に役立つと目された者は召喚された。

下町育ちのマブは、180cmを超す長身で、14歳の時から母と妹を養ってきた。苦労して秘書学校を首席で卒業した負けん気の強い女性だ。そして、マブとオスラの下宿先の娘ベスも、毒母から、「のろま、役立たず」と言われて育ち、他人と話をすることもできなくなっていたが、パズルの名手であることを見込まれて召喚され、やがて花形暗号解読者となる。

三日三晩寝ずに解読に没頭する過酷な現場で、生まれも育ちも、属する階級も異なり、戦争がなければ決して出会うことのなかった3人が厚い友情を育む。やがて、戦時下、愛もないまま明日は戦場に行くからという理由の結婚が横行する中、マブは、寡黙な詩人と出会い結婚する。

だが、各方面から多彩な人材が集められたブレッチリー・パークは通称「精神病院」と呼ばれ、中で行われていることは、同僚とでさえ話すことは禁じられていた。解読の名手ベスは、ある日コベントリーにドイツ軍の空襲がある暗号を解読するが、その町にはマブ夫妻の家があり、オスラも同行していた。空襲は実行され、マブの夫は亡くなってしまう。守秘義務を盾に、マブたちにそのことを話さなかったことで、3人の友情はひび割れる。

そして7年後、戦争は終わっても、あれから一度も会うことのなかったオスラとマブの元に暗号文が配達される。それはある精神病院に隔離された、かつて自分たちを裏切ったベスからの手紙だった…。

各々が暗号解読という目的のために働いていたにも関わらず、互いに話せなかったことが引き起こした悲劇。だが、それを利用して国を裏切っていた内通者が存在したのだ。この後、お互いに「裏切者!」とののしり合いながらも、真の裏切り者に迫っていく不屈のシスターフッドに喝采だ。

死者はもう闘えないのだから、生者が記憶にとどめなければならない。こう語る作者は、巻末の著者あとがきに、モデルになった実在の人物像、事実とフィクション部分を詳細に解説していて興味深い。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「ふぇみん」・2023年1月25日号・初出