リサ・ガードナー著

満園真木訳

小学館文庫  1342円(税込)

アメリカの女性作家リサ・ガードナー作のサスペンス・ミステリー、ボストン市警殺人課の女性部長刑事〈D・D・ウォレン〉シリーズの3作目である。

シリーズ1作目の『棺の女』では、壮絶な472日の監禁の実態と、生還した被害者のその後のリアルな描写が圧巻で、生き続けなければならない女性の哀苦が胸に迫る。2作目の『完璧な家族』では、大人の都合に翻弄される「寄る辺なき子どもたち」の、誰にも相談できない胸の内に心が痛んだ。

そして本書。妊娠中の数学教師イーヴァが自宅に帰る場面から物語が始まる。イーヴァは玄関のドアが開いていることに気づく。不安にかられながら夫コンラッドの仕事部屋に行くと、夫は射殺されていた。彼女は夫の見ていたPC画面を見て衝動的に銃を取り、PCに銃弾を何発も撃ちこむ。やがて駆けつけた警官に彼女は逮捕された。

翌日、ボストン市警殺人課の部長刑事D・D・ウォレン(以下、D・D)は、殺人現場へと向かう。D・Dはイーヴァを知っていた。彼女には16年前に父親を誤って射殺してしまった過去があり、当時彼女を取り調べたD・Dは、早速捜査に乗り出す。

16年前の事件は、父がショットガンの撃ち方を教えていた時に銃が暴発した事故として片づけられた。同じような銃がらみの事件が2度も起きるものだろうか。そして今回の事件、死んだ夫はPCで何を見ていたのか。イーヴァは何を隠しているのか。

一方、472日間にわたる壮絶な監禁事件の生還者フローラは、D・Dの「秘密情報提供者」になっていた。彼女は、事件の報道にショックを受ける。6年前の監禁中、被害者の男に会っていたことを思いだしたのだ。フローラを監禁してレイプした事件の犯人ジェイコブは、FBIによるフローラ救出作戦で死んでいるが、夫コンラッドは、誘拐犯ジェイコブと知り合いだった? だとしたら彼の正体は?

イーヴァの母親は、娘を愛していると言いつつ自分の思い通りにさせようとする毒母だった。さらに、イーヴァの父の親友だったという有能弁護士や、女性誘拐・監禁裏サイトのマニアらも登場し、誰しもが秘密を抱えているようだ。D・Dとフローラは、時に反発し合いながらも、絡み合う謎に果敢に挑んでいく…。 

本書の魅力は、まず女性たちの人物造形にある。特にフローラだ。謎解きには、『棺の女』に描かれた誘拐・監禁・強姦(ごうかん)事件の犯人ジェイコブの行動、生態が重要なカギを握っている。それはまた、フローラにとっては、思い出したくもないおぞましい記憶を(よみがえ)らせることでもあった。

なんというタフさだろう。自分もその後遺症に苦しむというのに、女性を男性の従属物としてきた歴史に挑むかのように、犠牲となった女性、あるいはなりそうな女性のためにフローラは「動く」のだ。彼女の関与で女性たちは共感し団結する。本書は「シスターフッド」の物語でもある。捜査する側も被害者も、愛憎ないまぜになって共感して助け合う、女性たちのお(とぎ)(ばなし)だ。辛いがやがて痛快な傑作サスペンス・ミステリーである。

 *   *   *

5月1日現在、いまだ停戦合意もできないロシアのウクライナ侵攻。ロシア、プーチンによるウクライナ侵攻は「侵略戦争」だが、それを引き起こした大きな要因として、〈緩衝国家〉であるウクライナを軽視した欧米NATOの大国の論理があったのだ。

その上で、NoWar!である。戦火の下に無辜(むこ)の人がいる。前号では、爆撃にさらされるキエフ(キーウ)の友人オルガさんとのSNSでのやりとりを転記し、3月1日現在で通信が途切れたところで終わった。その後を記す。

3月3日、連絡があった。地下鉄のシェルターから動けず、近くが爆撃されている動画を送ってきた。「怖い」。37・6℃熱がありコロナかと心配したが、その後熱は下がった。

3月4日、ロシア兵による女性性暴力。

人道回廊ができたと聞き「早く避難して」と言っても、彼女は駅が爆撃されたことをSNSで見ているから「怖くて逃げられない、たくさんのウクライナ人が死んでいる」と言う。

4月9日、やっとバスでポーランド・ワルシャワに来て「ここは安全です」と連絡があった。

4月18日、ロシアが日本海にミサイル発射、との報道を見て、彼女は(日本でなくバルト三国のひとつ)「ラトビアのおばさんの所に行きます」と。

4月19日、彼女はラトビアのおばさんの家に避難した。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「we」2022年6/7月・238号・初出