『ヴァイオレットだけが知っている』(オーストラリア・イギリス・フランス)

メリーナ・マーケッタ 著

小林浩子 訳

1300円+税 創元推理文庫

多民族・多文化国家であるオーストラリア発サスペンス・ミステリー。オーストラリア児童図書賞ほか数々の受賞歴がある児童文学者メリーナ・マーケッタが、はじめて一般長篇ミステリーに挑んだ。なるほど、登場するティーンエイジャーたちの難しい心の動きが瑞々しく描かれ、時に大人への物言いが辛辣でリアルだ。

物語の舞台は、ヨーロッパ随一の移民受け入れ国でありながら、人種差別意識が根強く残るイギリスとフランス。停職中のロンドンの警察官ビッシュは、娘ビーの乗ったバスが爆破されたと連絡を受けた。フランス北部へのバスツアーに参加していたイギリスの子どもが、大勢巻きこまれたらしい。

主人公ビッシュは、息子を水難事故で亡くして以来酒浸りになり、妻と離婚した。母親と暮らす17歳の娘ビーから「ダメな父親」との扱いを受けている。そんな彼も、取るものもとりあえず事故現場に駆けつけた。娘は無事だったが、重傷者多数、数人が死亡してしまう。

ツアーの参加者の中に、かつて23人を殺害した「ブラッケンハムの爆弾魔」の孫=ヴァイオレットがいたことが判明し、疑いの目は一気に彼女に注がれた。彼女は娘の同級生だ。

フランスの警察は犯人捜しに躍起になり、アラブ系人種をテロと結びつけての見込み捜査を行ない、事情聴取も厳しい。あげく、マスコミやSNSで、爆弾魔の孫であることや、アラブ系の出自が晒されて容疑者扱いされたヴァイオレットは、ツアーで一緒だった13歳の少年エディと共に姿をくらましてしまう。

誰が、なぜ、バスを爆破した? そしてヴァイオレットはどこに向かった?

子どもたちを案じる保護者たちが次々に集まってくる中、イギリス内務省の密命を受け、被害子どもの父で警察官でもあるビッシュがヴァイオレットたちの行方を追うのだった…。

謎解きにも増して読むべきは、様々な家族のドラマだ。実はアラブ系の系譜であるビッシュ。さらに、「ブラッケンハムの爆弾魔」の娘である、ヴァイオレットの母ノアは、爆弾を作った実行犯の容疑での過酷な取り調べの末、自供したとして刑に服していた。ヴァイオレットの父は、爆弾魔の関係者として警察に追われ、ヴァイオレットを置き去りにして自殺したとされていた。また、ヴァイオレットの叔父ジャマル・サリフは、フランスのサッカー選手として英雄視されている。一方、ヴァイオレットの連れている少年エディにも秘密があった。それぞれの家族が過去の深刻な傷を抱えていた…。

登場人物ひとり一人の背景まで描きこまれ、それがまるで寄せ木細工の箱のように互いに組み合わさり関係していく。

例えば、事故をきっかけに絆を深めたヴァイオレットの母ノアと、ビーの母で弁護士のレイチェル。終盤、レイチェルは、ノアの再審請求を引き受けることになる。

分断を超えて、互いに信頼し助け合う姿には、多民族・多文化間の共生が感じられてステキだ。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「ふぇみん」・2023年5月25日号・初出