カリン・スローター 著

鈴木美朋 訳

各980円(税込) ハーパーBOOKS

アメリカ発、コロナパンデミック後初のカリン・スローター作品。前作の『グッド・ドーター』(「ふぇみん」2020年11月25日号掲載)に続き、性暴力被害の深刻なトラウマを描いた、#MeTooサスペンス・ミステリーである。

舞台はジョージア州アトランタ。物語の主人公リー・コリアーは、大手弁護士事務所所属の弁護士である。夫とは別居中だが友好的な関係で、16歳の娘はすこやかに育っている。だが、彼女は母親からの虐待を生き延びたサバイバーで、必死にバイトをしてお金を貯めて家を飛び出し、独力で弁護士になったのだ。

そんな彼女に、名指しで弁護を依頼してきた男がいた。連続レイプ事件の容疑者アンドルーだ。コロナ禍で、警察も拘留したがらない。対面して彼女は恐怖に震えた。「23年前の秘密を知っている」という眼が彼女を射抜く。アンドルーは、23年前の、あの子…。

リーと妹キャリーは、当時10歳の男の子のベビーシッターをしていた。男の子の母親は仕事で不在がち。父親が家にいた。ある日、父親が忽然と消え、スーツケースと現金がなくなっていることから家出と判断された。それ以降、妹のキャリーは薬物依存を繰り返し、リーもまた精神的な問題を抱えている。23年前に何があった? そして、小さかったはずの彼がなぜ姉妹の秘密を知っているのか? 

明らかに猟奇的なレイプ犯を弁護し、被害女性たちを(おとし)めて無罪を勝ち取らなければ、リーはすべてを失うことになる。手をこまねいているうち、レイプ犯の犯行はエスカレートしていく。新たな女性が襲われ、猟奇的な手口で殺された。犯行時にアリバイがあると主張するアンドルー。その偽装工作を暴けるか? 窮地の連続でも必死に真相を解明しようとするリーとキャリーは、ついに究極の決断をするのだった…。

性暴力や児童虐待、薬物依存の被害者・当事者の本当の苦痛は、当事者の証言からしか分からないのかもしれない。だが、例えば「魂の殺人」とも言われるほど過酷な性暴力の被害者は、後遺症に長く苦しむ。それでも勇気を奮い起こして本人が証言すれば、「自分のせいだ」との誹謗中傷にさらされ、本人までが、自己責任だと悩み、語れないこともある。

本作では、キャリーが、愛情だと信じたものが「暴力」だったと気づいたときの屈辱と絶望、その後の怒りの大きさと悲しみの深さ。さらに、依存症当事者がただでさえ傷ついている自分をさらに傷つけてしまう衝動の抑えがたさ、家族の味わう無力感がリアルに描かれている。まさに、フィクションの持つ力は、こんな時に発揮されるのだ。加害や被害の描写も、ここまでかと思うほど壮絶だが、あり得るのだ、と読む者の想像力に強く訴えてくる。

また、パンデミックという不穏な時代を背景に、以前から構造的にあった社会のミソジニーを(あぶ)り出し、作者は何度も「あなたのせいではない」と繰り返して勇気づける。そして、女性同士が互いを思いやって強くなるシスターフッドを描いて大いに励まされる。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「ふぇみん」・2022年9月25日号・初出