エヴァ・ビョルク・アイイスドッティル 著

吉田薫 訳

1,166円(税込) 小学館文庫

世界各国の男女格差の状況をまとめた2023年版「ジェンダーギャップ報告書」で、今年も第1位の国アイスランド。日本は125位で過去最低だ。

 本作は、そんなアイスランド発、女性刑事エルマが主人公の警察小説ミステリーである。1988年生まれの女性作家エヴァ・ビョルク・アイイスドッティルのデビュー作にして、英語版『The Creak on the Stairs』は2021年度CWA(英国推理作家協会)新人賞を受賞している。

 アイスランドの小さな漁港町、アークラネス。そこが主人公エルマの生まれ故郷だ。エルマは30代、長年の恋人との突然の別れのあと、レイキャヴィーク警察を辞め、アークラネス警察犯罪捜査部に勤務している。元恋人への思慕に苦しみながらも新しい職場に慣れ始めた頃、灯台のそばの波打ち際で女性の他殺死体が発見されだ。

 聞き込みの中で徐々に明らかになる被害女性エリーサベトの生い立ち。夫によると、彼女は子どもの頃にアークラネスに住み、酒浸りのシングルマザーに育てられ、この町を憎んでいたという。何が彼女をアークラネスに舞い戻らせたのか? なぜ殺されなければならなかったのか?

 物語は現在と過去を行き来し、関係する女性たちの辛い記憶に触れながら進む。25年前、エリーサベトの同級生サラが同じ灯台近くで死んでいた。ある者は、二人は親しかったと言い、ある者は、友だちでもなんでもなかったと証言した。少女たちの集団はすぐに序列ができる。友人関係に微妙な違和感を感じるエルマ。同僚刑事サイヴァルと地道な捜査を積み重ねたその先に、衝撃の結末が待っていた…。

 北欧は女性活躍先進国と思われているが、ジェンダーの問題は根深い。本書の英題『The Creak on the Stairs』は「階段の軋む音」。エリーサベトの寝ている部屋へ誰かが昇ってくる音、軋むのだ。どれだけの恐怖の合図だっただろう。子どもへの性虐待が容易に想像できる。ネグレクトに等しい成育歴、いじめが生涯にわたって関係者を苦しめる。本書は、その悲惨さを描き出す社会派ミステリーとも言える。

 北欧ミステリーには、暗くて寒い気候のためか、生真面目で内省的な性格の登場人物がよく描かれる。本書でも、自分に罪悪感を覚えている人間のどうしようもない弱さ、ずるさ、取り返しのつかない行き違いまでもが描かれる。また、田舎は皆知り合いで、誰が何をしているのか筒抜けだ。うんざりして町を出ていく心情は、誰もが思い当たるところだろう。

 唯一の希望は、30代女性の孤独と日常をリアルに感じさせる主人公の女性刑事エルマの存在だ。女性の孤独や親族との関係をいつも考え、悩みながら、事件の捜査を進めるのだ。関係を深めていく同僚サイヴァルとの今後の進展も微笑ましく、気になる。

 全編に漂うアイスランドらしい冷たさと閉塞感が凛として好ましい

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 6月末、ルワンダから4年ぶりに来日できたルダシングワ真美さんと夫のガテラさんに会った。

 ガテラさんは、幼い時にマラリアの治療で受けた注射が原因で足が不自由だ。真美さんに会うために来日した際、麻痺した足を支えるための義肢装具が壊れ、ある義肢製作所で義肢を作ってもらう。その履き心地の良さに感激し、ルワンダでもそんな義肢を作ると決めた矢先の1994年4月、「ルワンダ大虐殺」が起こった。心配する真美さんの元に、生き延びたガテラさんから電話が来たのは3か月後だった。

 ガテラさんに大虐殺の原因を聞くと、「ベルギーによる植民地支配だ」と即答。同じルワンダ語を話す民族にも関わらず、フツ族やツチ族を別民族として隔絶し、就ける職業も定め、数々の分断政策を繰り出した。分断しておいて、その上から宗主国が権力で押さえつけるという構図だ。こうして100万人もの死傷者が出た。ガテラさんは「フツ族は」「ツチ族は」という話し方はしない。権力はいつも支配しようとする者たちを分断して互いに殺し合わせるのだという。

 真美さんとガテラさんは、大虐殺後「One Love Project」を立ちあげ、ルワンダで義肢工房を開いている。

 なおルワンダは、ジェンダーギャップ報告で12位、特に女性議員の数は6割、この分野では第1位である。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「we」2023年08/09月・245号・初出