ケイト・クイン著

加藤 洋子訳

ハーパーBOOKS 

1430円(税込)

ケイト・クインは、第二次大戦後なお生き延びるナチス協力者たちを追いつめる物語を書き続ける。死者はもう闘えないのだから、生者が記憶にとどめねばならないのだと。

本書は、前作「戦場のアリス」(「ふぇみん紙」2019年7月25日号掲載)と同様、史実を忠実に織り込んだために生まれる臨場感が半端ではない壮大な歴史小説ミステリーである。

第二次大戦中、ナチスドイツ占領下のポーランドに「(ハント)狩人(レス)」と呼ばれた殺人者がいた。森で人を狩り、ユダヤ人の子どもや兵士を殺した冷酷な親衛隊将校の愛人。戦争が終わり、「ニュルンベルク裁判」で、数百万人の殺害が暴かれる陰で、彼女は姿をくらまし、何食わぬ顔で市民と化す。

一方で、その女に弟を殺された元従軍記者のイギリス人イアンは、相棒トニーと共にナチハンターとしてナチ残党を追っていた。それに、女狩人に殺されそうになりながら生き延びたロシア人の女飛行機操縦士ニーナもメンバーに加わる。1950年春、彼らはある手がかりを頼りにアメリカ・ボストンへと向かった。

(さかのぼ)って46年、ボストンの骨董品の店を開く父と暮らす、カメラマン志望の娘ジョーダンは、父の再婚相手アンナに不審を抱く。ナチの「鉤十字勲章」を隠し持っているのを見てしまったのだ。そして50年、父が猟銃の暴発で死んでしまう。間違った火薬を装填した事故死とみなされた。狩猟に熟練していた父がなぜそんな初歩的なミスを? 

ボストンの街に居を構えたイアンたちは、まずトニーが骨董品店で働き出し、徐々にジョーダンの信頼を得て共に「女狩人」を追い詰めていく…。

作中、戦後ドイツで、自国の隣人をも告発し続けた実在の人物、フリッツ・バウアー検事が何度も登場する。ニュルンベルク裁判後、これで犯罪者は裁かれた、として過去の犯罪を忘れたい西ドイツ政府および市民たちからの圧力に抗し、戦争犯罪人を起訴し続けた。

さらに、苦労して逮捕したとしても、裁判にかけられるとは限らない。多くの元ナチが権力の中枢にいて、戦争犯罪裁判は妨害や脅迫を受けたという。現実には海外で戦争犯罪人を追いかけるのはまさに悪夢だった。ちなみに、73年になって、アメリカ移民帰化局は、アメリカ在住のナチの戦争犯罪人は53人いると明言した。

”親父”と呼ばれる極寒地で、父親にサバイバル術を教わるも酔った父親に殺されそうにもなるニーナの人物造形が特に魅力的だ。ソ連には実際に女性飛行隊があったとのことで、ニーナのソ連空軍での活躍、暮らしぶり、同性愛、ポーランドの荒野で生き抜く姿がリアルに描かれ、圧巻。生き延びるため書類上だけイアンの妻になったのだが、他人の服だろうが靴下だろうが、そこにあれば着てしまう野性味が最高。

アメリカ人が(おび)える“アカ”の脅威、未だ(のこ)るユダヤ人差別も描きこまれ、戦争に翻弄(ほんろう)された登場人物たちの過去と現在の物語が、最後に一つに収斂(しゅうれん)していく。快作である。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「ふぇみん」2021年11月25日号初出