稲村文吾訳

紫金陳(ズージンチェン)

ハヤカワ文庫

990円(上)990円(下)/ 税込

()(ぶん)ミステリーが隆盛な中国発、危うい思春期の少年たちの冒険サスペンスミステリーである。本国では、本書を原作としたドラマがネット配信され、十億回再生されたという。

物語は、もうすぐ14歳になる(ジーチ)(ャオ)(ヤン)の夏休み初日から始まった。彼は数学の問題集が友だちという孤独な少年で、両親が離婚して母親との二人暮らしだ。母が仕事に出かけて家に一人残っていると、小学校時代の親友である(ディン)(ハオ)と、その妹分の普普(プープー)が突然訪ねてきた。二人とも親が殺人犯として処刑され孤児院で暮らしていたが、逃げ出してきたという。行く当てのない二人をかくまうことになり、初めは警戒していた朝陽だが、次第に心を開いていくのだった。

ある日、三名山に遊びに行って無邪気に撮り合ったカメラの動画を見返した時、背景に恐ろしい光景が映り込んでいたことに気づく。一人の男が老夫婦を殺した瞬間が映っている。警察に? いや、それでは親友たちが連れ戻されてしまう。普普は孤児院で性虐待を受け、逃げてきた。絶対に戻すようなことはできない。

一方、男が財産目当てに義父母を殺したこの一件は、目撃者不在のまま事故として処理されようとしていた。

普普が思いついたように言う。逃亡資金が必要だから、「犯人に動画を買わせよう」と。初めは反対していた朝陽も、いつのまにか犯罪計画を立て、殺人犯を手玉にとるようになるのだ。

朝陽は、両親が離婚して再婚した父親のもとに異母妹の(ジン)(ジン)が生まれてから、父に会っても父の愛情を感じることができなかった。よそよそしい父の態度に傷つき、さらに裕福な父の家庭と、貧乏な自分の母子家庭との格差に言いようのない怒りを感じていた。

そんなある日、少年宮という塾のような建物の6階の「男子トイレ」の窓から晶晶が何者かに突き落とされ死亡する事件が起きる。あろうことか彼女の口の中から誰かの陰毛が見つかった。ただちにDNA鑑定が行われたが、該当者はいなかった。警察は防犯カメラを徹底的に調べ、朝陽が映っているのを発見するが…。

現代中国の大都市には、監視カメラシステム「天網」がはりめぐらされ、さらにDNAや微物検出鑑定技術への警察の捜査への依存度は非常に高いという。作中、少年たちがこれらをかいくぐり、あるいは警察の尋問を言い抜ける場面は非常にスリリング。悪童未満の子どもたちが、みるみる悪童の顔になっていく。

さらに本書は、作者の生い立ちを濃厚に描きこんでいるとのことで、特に父と息子の軋轢は生々しい。父の再婚相手が人を雇って朝陽に糞尿(ふんにょう)を頭からぶちまける嫌がらせの描写や、「クソアマ」など登場人物たちの口の悪さには唖然(あぜん)とするが、それだけ都市部での今の中国の風景や空気感、人の姿が生き生きと立ち上がる。「悪童日記」(アゴタ・クリストフ著)さながらの日記が登場するラスト、驚愕の真実が待っている。傑作だ。 

*  *  *

コロナ禍で海外の友人に会えず、もっぱらメールやZoomで話すしかない。「侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館」の学芸員、王さん(We誌222号で紹介)の話では、2006年に南京で起こった「道で転んだ高齢者を助けたら、その高齢者から『お前に転ばされた』と訴えられた」事件を契機に、中国では、他人のトラブルは見て見ぬふりをする「自衛のための無関心」が横行し、ついに2017年、「善きサマリア人の法」を導入することになったという。「困った人を救った後に、結果が失敗であっても責任を問わない」という法律である。法律にしなければ収拾がつかなかった、ということだろう。

本文でも、探偵役の大学教授(イエン)(リアン)が、交差点で倒れている老婆に駆け寄ろうとして、「転んだふりをして助けに来た相手を恐喝するつもりかも」と学生たちに止められるシーンがある。結局、老婆は詐欺師だったのだが。

大人たちのモラルが消失した社会で、その不条理に翻弄される子どもたちにどうやって生きろというのだ。弱い者は食い物にされるか、食い物にするかしかない。本書の主人公たちの、「14歳は罪にならないんだよ」を盾に、降りかかる困難を突き抜けていくことを誰が責められようか。切ない。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「we」2021年12月/2022年1月・235号・初出