- 2022年11月12日
母の昭和史~「どうして何も気がつかずにいたんだろう。 それが悔しい。だけどね…」(日本/栃木)
母は言う。どうして何も気がつかずにいたんだろう。それが悔しい。だけどね……。母は、兄の戦死、嫁いびりや部落差別、障害者差別、女性差別、性暴力、老人の孤独を体験するたびに、人間の人間に対する不正、暴力的支配や抑圧に対する憤りというものを身体で感じていたのだと思う……稲塚由美子(「隣る人」工房)
母は言う。どうして何も気がつかずにいたんだろう。それが悔しい。だけどね……。母は、兄の戦死、嫁いびりや部落差別、障害者差別、女性差別、性暴力、老人の孤独を体験するたびに、人間の人間に対する不正、暴力的支配や抑圧に対する憤りというものを身体で感じていたのだと思う……稲塚由美子(「隣る人」工房)
伊澤さんが生まれたのは、華族の家柄。父方には順天堂大学の創始者、母方には元総理大臣や旧日本軍の海軍大将をつとめた者もいる…二・二六事件で暗殺された、当時の大蔵大臣、高橋是清邸の近所に住んでいたため、青年将校たちの軍靴が雪を踏みしめ迫ってくる足音を間近で聞いた…
石川公三郎さん(1932年9月生まれ)と木島弘良さん(1932年11月生まれ)は小学校(当時、国民学校)の同級生。週に三回、朝の「修身」の授業で「教育勅語」を丸暗記させられ、担任の先生に厳しく「指導」されたことが苦々しい気持ちとともに今でも忘れられない…戦争の記憶の語り…
…今や緊急事態宣言と解除を何度も繰り返させられた人々の心には、未知なるものへの恐れと、先が見えない不安の影があるに違いない…不安と恐れが蔓延しているような世相に押しつぶされそうなとき、人々の知恵は、排除や攻撃、そして他者の支配ではなく、菅原哲男氏の言う伴走者、つまり「隣る人」の実践へと向かってほしい…
…「正解」という答えもなく、終わりなき子どもの育ちへの伴走。ひとり立って、自分の人生を歩んでいけるようにと「祈り」、それを「信じ」、いつ訪れるともわからない子どもの成長を、変化を「待ち」続けるしかない。悩み、考え続け、手探りに試行錯誤をやり続けるしかない…
…埼玉の片隅で営まれている「光の子どもの家」での暮らしは、マニラの片隅の厳しい環境のなかで試行錯誤を繰り返しながら、なんとか今日を凌ぎ、子どもたちとの生活の基盤を築いていこうとする中村さんの日々の格闘にダイレクトにつながり、自分の原点を国境を越えて感じ取ってもらえたのだと思います…