言葉、音声、画像、動画等を駆使し、個人に光を当て、個を大切にした記録活動。表現行為を通して、時空をまたぎ、人とつながり、人と人とをつなげていくことを探求しています。

ピーター・スワンソン著

務台夏子訳

創元推理文庫 1,210円(税込)

 2019年度「このミステリがすごい!」(宝島社)で2位となった『そしてミランダを殺す』の作者、ピーター・スワンソンの新作。何が真実で、誰が嘘つきか、緊迫感あふれる心理サスペンス・ミステリーの傑作である。

 物語の舞台は、アメリカ・メイン州にある風光(ふうこう)明媚(めいび)な海辺の町ケネウィック。ある日、書店のオーナーであるビル・アッカーソンが、一人で散歩中、岸壁の散歩道から転落死した。

 大学生の一人息子のハリーは、父の事故死を知らされ、ニューヨークから急ぎ実家に戻る。そこには傷心の、若く美しい継母アリスが待っていた。だが、彼女はなぜか事故のことは話したがらず、ハリーは不審に思う。

 葬儀を終えたハリーを刑事が訪れ、父の死は事件の可能性があると告げられる。転落する前に頭を殴られていたというのだ。父は誰かに殺された?

 葬儀に参列した見知らぬ若い女性がアリスをじっと見つめていた。やがてアリスは、父がニューヨークで浮気をしていたと刑事に訴えるようになる。仮に父が彼女を裏切っていたとして、アリスがそれを知っていたとしたら、どんな行動に出ただろうか。

 ある日、ハリーは父の遺品からミステリー本についての誰も気にしないような些末(さまつ)な走り書きを発見するが、この自分の知らない父の痕跡は、事件を解くカギともなっていく。

 事件は、葬儀に参列していたあの若い女性が、「雇って欲しい」と書店を訪ねて急展開する。何か言いたげにしていた彼女のことが気になったハリーが彼女の家を訪ねると、彼女は既に殺されていた。誰が?なぜ? あっと驚くラストが待っている…。

 本筋は、ハリーの視点でたどる巧妙な謎解きだが、一方で、いかにもミステリアスで妖艶さ漂うアリスの、10代のころを描いた過去の物語が脇筋として語られる。アリスは14歳で母と共にケネウィックに引っ越してきたが、母の再婚相手ジェイクと暮らすことに。子どもを狙う大人と、搾取されていることに気づかない子どもの描写が非常にリアル。人は、見たくないものは「ない」ものとして生きることがある。時には自分に対しても嘘をつく。それも過酷な人生を生き延びるためのぎりぎりのサバイバル術かもしれない。どこかに歪みを抱え、哀しくも切なく生きる人間たち、あるいはサイコパスたちの、見事な心理劇だ。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「we」2022年4・5月 / 237号・初出