
サリー・ヘプワース 著
梅津かおり 訳
小学館文庫 1254円(税込)
オーストラリア発、シングルマザーに育てられた双子の姉妹のそれぞれの語りが紡ぐサスペンス・ミステリー。誰かがウソをついている。だが最後まで解き明かせない秀逸な心理劇で、本国オーストラリアのみならずアメリカでもベストセラーになったという。
物語の舞台はオーストラリア・メルボルン。緑豊かでクラシックな街並みのこの街で、双子の姉妹ローズとファーンは育った。ファーンには発達障害があり、また、シングルマザーの母は貧しくて、アパートを追い出されてからは、友だちの家を転々とした。母は、養育不能者と判断されて愛する子どもと引き離されることを恐れ、子どもたちに「余計なことは言わないように」ときつく言い聞かせ、監視し、きつく叱った。
日中はたいてい図書館で過ごす。そのおかげで姉妹は本が大好きになった。職員に不審がられる前に場所を変えた。そのうちできた母の最初の恋人からのローズへの性虐待があったが、それは秘密のままだった。
次の母の恋人ダニエルはいい人で、連れ子のビリーがいた。姉妹と彼とで水遊びに行き、彼が溺れて亡くなってしまう。だが、ファーンにはなぜかその時の記憶がなく、真実は何も分からぬまま、ローズに説明されたとおりに証言するしかなかった。
姉妹が12歳になると、母は薬物過剰摂取で施設に入り、姉妹は里親の元を転々とした。28歳の今、ファーンは図書館員として働き、ローズは結婚して不妊に悩み、痛々しいまでに子どもを切望する。彼女のこだわりについていけなくなった夫は出ていった…。
最初からローズの日記の記述とファーンの語りが交互に繰り返される。読み手は徐々に、いかに二人の認識が異なるのかが見えてくる。例えば母親に愛されたと思うファーンと「悪い母だった」と思うローズの見方の違いは、過去のダニーの事故死の真相をめぐる記憶の歪みとして顕れ、姉妹は対立していく。
中盤以降、貧しくとも平穏だったあの日々は何だったんだろうと思うほど潜んでいた悪意が暴走し、あまりの不穏さに怖気づくほど。その分、ローズしか目に入らなかったファーンが、周囲の温かさを発見していく終盤にかけて圧巻の謎解きが待っている。
ミステリーには「信用できない語り手」という言葉があって、本人の語りが必ずしも真実ではないことがある。それでも語られなければ何も遺らず、その語りの背景にあるもの、心情は想像すらできない。人は誰でも「知って欲しい」のだと思う。自分はここにいる、こうして生きてきたのだ、と。
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戦後80年、8月15日発売の「記憶の継承~おばあちゃんの戦争体験~」DVD『母を恋う 向井承子』を企画・制作した。We誌連載『「記憶」のなかの戦後史』(現在は『八十路雑感』を連載中)執筆者のノンフィクション作家・向井承子さんその人の語りである。

1939年生まれの向井さんは、2022年にロシアによるウクライナ侵攻が始まった時、小学校に招かれ、子どもたちの前で戦争体験を語ったことがある。子どもたちは真剣に聴いてくれ、何かを受け取ってくれたように感じたという。
今遺さなくては失われてしまうと思った。1945年4月13日の城北大空襲、空襲の東京を母と共に逃げまどう。それまでの向井さんは、他の多くの子どもたちと同じように「軍国少女」だった。誰からも何も教えられず、ただ世間の空気をそのまま身の内に取り込んでいた。そして敗戦後、北海道への疎開、飢え、兄の死、「若木に絡みつき養分を吸い取られるような」気がしたという母との確執…向井さんは、母の記録と共に「戦争の記憶」を遺す最後の世代として「記憶の継承~おばあちゃんの戦争体験」を「自分の言葉」で語る。
未来の若者への伝言として、学校の図書館や公立図書館にリクエストしていただけたらいいなと思っている。
稲塚由美子(ミステリー評論家)

「we」2025年08・09月・257号・初出