ケイトリン・マレン著

国広喜美代訳

2090円(税込)早川書房

アメリカ発、女性作家ケイトリン・マレンのデビュー作にして、2021年エドガー賞最優秀新人賞受賞作である。

この作品、実は、湿地帯に女性の死体が並べられたシーンで始まる。しかも、死んでいる彼女たちが「まだこれから死体が増えていく」とつぶやくのだ。

物語の舞台は、ニュージャージー州アトランティックシティ。かつてはラスベガスと並んでカジノの街として栄えたが、1990年代にカジノ誘致が解禁になり、国中どこでもカジノ誘致が可能になってから(さび)れていった街だ。ホテルは次々に撤退し、それでも街を出て行けない者たちの人生は続く。

主人公は、母が薬物の過剰摂取で病み、高校を中退して叔母と暮らす十代の少女クララ。彼女には、他人の強い想いを「ビジョン」として()ることができる能力があり、占いで多少の収入を得ていた。

ある日、クララは行方不明になった18歳の少女ジュリーを探してほしいという彼女の伯父からの依頼を受ける。その日を境に、クララは、女性たちが傷つけられる不吉なビジョンを頻繁に視るようになる。

クララは、カジノホテルのスパ施設で働くリリーの協力を得て彼女たちを救おうと動き始める。だが、警察は、行方不明というだけではまったく動かない。

一方で、クララ自身の暮らしも家賃を滞納して切羽詰まり、叔母の手引きで男と「デート」することになる。デートとは、一緒に食事をしたり、お散歩するだけという触れ込みだが、それだけで済むはずがない。相手は、小さな声で笑い、浅はかでかわいらしい女の子が望みだ。言うことを聞かない女は不要だった。

彼女を気にかけるリリーもまた、恋人からの手ひどい裏切りにあい、ニューヨークからこの街に逃げてきた。だが、その男マシューが彼女の前に姿を現す。

さらに、スパの同僚のエミリーは、奨学金の返済残高が5万ドル以上も残っていて行き詰まり、とうとうバーで知り合った男についていく。

やがて、エミリーも行方不明になり、クララもリリーもまた、危ない橋を知らず渡ろうとしていた…。

本書は、2006年に実際にあった事件―アトランティックシティのモーテル裏で女性四人の遺体が発見された事件を下敷きにしているという。犯人像は、女性たちの一人語りから明らかになるのだが、強烈なミソジニーの持ち主で、女性蔑視も(はなは)だしい。作者は、この世の中が(いま)だ男性中心主義で動き、いかに弱者を追い詰めて恥じないかをリアルに表現する。

 アトランティックシティは、煌々(こうこう)とネオンの(とも)るカジノを擁する一方で、街の端には湿地が広がっている。湿地とは、陸と海、生と死との境があいまいな場所。ネオンの煌めきと対照的に湿地の闇が際立ち、まるで人も街さえも呑み込もうとしているかのように存在する。

 壮絶な喧嘩をしながらも、クララとリリーは、闇に呑まれまいと懸命にもがき、互いの存在を頼りに自分の未来を切り開こうとする。胸が熱くなる。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

ふぇみん

2022年7月25日号・初出