ジュリアン・グッドマン 著

圷 香織 訳

1,368 円 (税込) 創元推理文庫)

アメリカ発、MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞YA(ヤング・アダルト小説)部門の最終候補作ミステリー。白人警官が黒人を拘束する際の差別的暴力が問題となった「黒人の命も大切だ(BLM/ブラック・ライブズ・マター)運動」を背景にしている。

舞台はシカゴの貧困層が住む地域。その一角「グレイディパーク団地」に住む16歳の黒人少女ボーは、いつかこの町を出ていってやる、と決めていた。ある日、彼女の姉カティアが不法侵入の疑いで白人警官ジョンソンにいきなり射殺されてしまう。だが、いつも「外の世界は安全よ」と説いていたカティアが、他人の家に、しかも強盗目的で押し入ろうとするはずがない。

呆然とする両親を尻目に、ボーは姉の無実を証明しようと、まずは現場から消えた姉の恋人ジョーダンの行方を探し始めるのだった…。

一見差別などなさそうな日常に、ふいに噴き出す黒人差別。現に、事件の弁護士からの第一声が、「公平な裁判を望むなら世間から下に見られるようなことをしてはだめだ」。はっ!黒人は優等生でいなくては公平な裁判も受けられないのか。グレイディパークに暮らす女であれば、誰もが胸の奥に怒りの炎を宿している。自分や自分の家族をバカにされたら、どんな状況だろうと、バカにした奴を叩きのめそうとする、とボーは思っている。

幼なじみのブレオン、親友デジャ、高校での友人ソネットらの協力を得て、ようやくジョーダンの潜伏先を探し出すが、それはまた、信じていた人物の手酷い裏切りを知ることでもあった。

一方、カティアを射殺した警官ジョンソンは警察組織に守られ表に姿を表さない。警察は、「カティアの車の後部座席に薬物発見」と発表してカティア麻薬の売人説を匂わせた。それが報道されると、世間ではカティアへの誹謗中傷が沸き上がる。両親もやがて互いを責めるようになり喧嘩が絶えず、ついに母親は放心状態になり引っ越しを考えるまで追い込まれた。絵を描くことを得意としていたボーが在籍していた高校の美術専攻クラスでも、嫌がらせを受けるようになり、日常は崩れていく。

謎が明かされてもカティアの命は戻らない。ひたすら描かれる、治安の悪い貧しい地域の10代の子どもたちの怒りや焦燥が辛いが、親しい者が理不尽に殺される、そのを仇を討とうと、ボーと仲間たちが立ち上がる姿に胸が熱くなる。姉を射殺した警官を有罪にはできなくても、ボーはこう言うのだ。「それを黙って受け入れたりしないって世の中に示すことはできた」と。

ラスト、こんなボーに未来が拓かれようとする展開が待っている。勇気が出る。


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昨年初め、沖縄在住の奥間政則(おくま まさのり)さんと出会った。ご両親が元ハンセン病患者で、世間のハンセン病への差別・偏見の根深さゆえに、子どもたちにハンセン病のことは一切語らなかった。

だが、普段は穏やかな父が、なぜ酒を飲み、家族にあんなにも暴力をふるったのか。そして、両親は沖縄の人なのに、なぜ自分は奄美大島で生まれたのか。謎が解けたのが、50歳。初めて、あれほど恨み続けてきた父の苦悩を知ったのだ。

昨夏、こんな奥間さんが、ご自分の人生の謎を解く旅に出た。父の遺した手記と証言集をよすがに奄美大島~沖縄島・宮古島・石垣島~をめぐる。

奥間さんの「心の旅」にカメラが密着して、この度DVD『二つの国策差別に翻弄された父母への想い~奥間政則~ハンセン病差別・琉球弧の軍事化拡大~』(沖縄・記憶の記録「隣る人」工房DVDブック・シリーズ、106分、2024年9月)として完成した。


旅はまた、国策でハンセン病患者を強制隔離し、断種・堕胎を行ってきた事実、今も根深く残る差別・偏見との対峙でもあった。本土上陸を防ぐために沖縄を犠牲にした日本という国が、沖縄に基地を押し付け、琉球弧の軍事化拡大という国策で、今ここにいる人々に犠牲を強いる構図は変わっていない。

父の記憶を辿り、奥間さんは、「父が息子に何を伝えたかったのか」を解いていく。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「we」2024年10・11月・252号・初出