
ジェシカ・ノール 著
国弘喜美代 訳
早川書房 3,300円 (税込)
本作は、全米を震撼させた30人以上の女性が殺害された実際の連続殺人事件(1974~1978年)を元に、女性の視点で現代社会の歪みを描いたサスペンス・ミステリー。社会にはびこる男性優位主義(マティズモ)に対抗して、女性がエンパワメントしていく過程が痛快だ。
作中、「ダニース(被害女性)を殺したのは、男性優位主義ではないかと思う」と主人公パメラが語る。
パメラは、事件当初は、被害女性の自己責任と考えるような性格だったが、事件を追う中で、正当な怒りを瞬時に表現するように変わっていく。もちろん、一筋縄ではいかず、不安も恐怖も微細に描かれ、時には辛すぎる描写もあるが、今を生きる女性たちに勇気を与える作品だ。
物語の舞台はフロリダ州タラハシー。1978年1月15日、大学の学生寮でダニースとロビーが殺された。犯人らしき男の姿を見たのは、ダニースの親友であるパメラ一人。傷心のパメラのもとに、ティナという女性が会いに来る。4年前に行方不明になった友人ルースを捜している、犯人はこの男だ、と言って指名手配中の脱獄犯の写真を見せた。それはパメラが見た男だ! だが、保安官は事件を広域にしたがらない。そこでパメラはティナと共に、事件を調べるためにコロラドへ向かった。捜査を進めるうちに、広域にわたる連続殺人事件の全容が明らかになっていく。
物語はパメラと、ティナの友人ルースの視点で構成されている。パメラの語りは、1978年の殺人事件発生の7時間前から現在(2021年)までの長い時間の経過が描かれる。片やルースの語りには、1974年にルースが事件に巻き込まれていくまでの過程でのリアルな女性の怯えや不安・恐怖が描きこまれ、不穏さが半端ではない。特に、ルースが犯人に巧妙にだまされ続け、命を奪われるその瞬間にやっと気付くその絶望…。
犯人像の描写を極限までそぎ落とし、名前ではなく「被告」か「その男」と表現されている。徹頭徹尾、被害女性がどう生きたか、なぜどのように殺されることになってしまったかを突き詰め、さらに、人生を狂わされた犠牲女性とその友人や家族の苦悩や闘いに焦点を当てる。さらに登場する女性たちの成育歴・家族・背景などが語られ、女性たちの人としての肉づけをする。これは、被害を受け続けてきた女性の側からの告発だから、と。
犯人は何度も脱獄し、逃げている間も殺人を重ね、法廷では自ら弁護も担った。そんな被告に対して、男性の判事は、「頭脳明晰な若者(Bright Young Man)」と呼びかけた。それに対抗して本書の英題は「Bright Young Women」となっている。やるね、作者。
実際の連続殺人事件では、この殺人犯を美形の若い俳優が演じた映像がいくつも作られ、世間もマスコミも、犯人のことをある種ヒーロー扱いした。一方、被害者の女性にはプライバシーを口実に、彼女たちの尊重すべき人生が断たれたことに関心が向くような報道はされなかった。理不尽だ。
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8月にフィリピンに出かけた。
フィリピンでは、ジャパニーズ・フィリピーノ・チルドレン(日比混血児―特に日本人の父親が行方不明になったケースが多い)の家に滞在して、まだ見ぬ父親に向けて「お父さんは私を愛しているんだよね?」という想いの発露を受けとめる、というよりただ聴く。今年もまた、兄妹の中で自分だけ認知がないことに苦しんでいたマークくん(We217号・246号掲載)と会った。
写真の残っている、父と信じた日本人とのDNA鑑定で父子関係を否定され、失意のうちにさらに母を亡くしたマークくんをいつも心配していたのだが、昨年結婚し、赤ちゃんが生まれた。彼の妻と赤ちゃんと共に無事を喜び合った(写真)。

マーくん一家と
in Davao 2025.8.3
父を捜して日本に来て、結局フィリピン人として生きることを決めたマークくんが、どうかこのまま心豊かに暮らしていけますように、と心から願っている。また来年会おうね。
稲塚由美子(ミステリー評論家)

「we」2025年10・11月・258号・初出