言葉、音声、画像、動画等を駆使し、個人に光を当て、個を大切にした記録活動。表現行為を通して、時空をまたぎ、人とつながり、人と人とをつなげていくことを探求しています。

ガード・スヴェン著

田口 俊樹 訳

各1200円(税別)竹書房文庫

ノルウェー発、第二次世界大戦で中立を宣言しながら、実質ナチスに占領されていたノルウェーを駆け抜けた女性スパイを描いた歴史大河ミステリー。作者は現役のノルウェー防衛相上級顧問で、本書がデビュー作ながら、ガラスの鍵賞など北欧ミステリー賞で三冠を成し遂げている。

2003年6月、戦時下でのレジスタンス組織<ミーロルグ>の闘士として有名なクローグが、惨殺死体で発見された。全身をめった刺しにされ、目もえぐられていた。駆けつけたオスロ警察のバーグマン刑事は、あまりの惨状から怨恨の線を探り、クローグの過去を追っていく。

その前月、オスロ郊外ノールマルカの森で、3体の白骨死体が発見されていた。バーグマン刑事は、戦時中の失踪人届の資料をたぐり、親ナチの実業家ランデの幼い娘と、彼の婚約者で親ナチの国民党員アグネスと、メイドであると結論づける。2つの事件は繋がっている? 白骨となって発見された彼女らの殺害にクローグが関与していたとしたら、クローグは復讐(ふくしゅう)されたのだろうか。

場面は一転し、開戦前夜1939年のロンドンに移る。アグネスは英国諜報部のスパイにスカウトされ、故国ノルウェーに送り込まれることになった。ノルウェーの親ナチ実業家ランデに近づく使命を与えられ、恋人でもあるコードネーム「巡礼者」と共に作戦を遂行するが…。

しかし、レジスタンスの闘士クローグが同士のアグネスを殺すはずがない。では誰かが裏切った? 謎は二転三転し、最後の最後まで真相は明かされない。

現代を生きるバーグマン刑事は、国境をまたぎ、ドイツなどの戦争の記憶を持つ老人たちを訪ね歩く粘り強い捜査で、2つの事件を結ぶ真相へと迫っていく。

そして、何といっても女性スパイ、アグネスがいい。彼女以外全員が親ナチの家族の中で、ただ一人反ファシストを貫く。ナチスの懐への潜入に挑み、成功させるが、実は腕利きのスパイというより、等身大の女性として描かれている。接近した実業家の一人娘に深い愛情を抱き、対峙(たいじ)する敵にも家族があることを思い苦しむのだ。

第二次世界大戦下、中立を宣言しながらナチスの軍事占領という屈辱的な状況に置かれ、国民はレジスタンスを組織し、激しく抵抗したノルウェー。だが、その裏で、分断や裏切りという暗い歴史もあった。

また、ナチスに対抗して、北欧諸国と英国が連携して関わる闇の政争はほとんど知られていない。私たちが知ることのなかった「ノルウェーでの対独活動」、そしてスパイの複雑さが浮き彫りにされて興味深い。

もちろん本書はフィクションだが、たとえばアグネスには実在の女優、またクローグにも実在のモデルとなった人物がいるという。

戦後七十数年が経とうとも、知られていない歴史の闇を掘り起こし、ミステリーの中に織り込んで、ノルウェー現代史の真実を生々しく描き出す。そして読者は最後のどんでん返しに驚愕(きょうがく)する。極上のミステリーである。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「ふぇみん」
2021年1月25日号初出