アレン・エスケンス 著
務台夏子 訳
1260円 + 税 創元推理文庫
アメリカ発、1970年代の黒人差別と偏見を描きながら、今も残る黒人差別を問い、また、主人公の白人少年の無意識の差別偏見もきっちり描かれた青春サスペンスミステリーである。
舞台は76年、ミズーリ州の田舎町ジェサップ。主人公は思春期真っ盛りの15歳、ボーディ。5歳で父を亡くし、母と二人暮らしだ。学校にはなじめず、「こんな町出てってやる」と心に決めている。ある日、黒人の女生徒にプリンをぶっかけようとした上級生ジャーヴィスらを邪魔したせいで、彼らから敵視される。
そんな時、町で事件が起きた。地元最大の企業「ライク産業」の経理担当の黒人女性ライダ・ポーが不審な失踪をとげる。しかも会社の金がごっそりなくなっていた。保安官は、彼女が白人男性と会っていたことを突き止め、町中で聞き込みを始める。彼女はどこに? 会社の金を着服して逃げたのか? 会っていた白人男性とは誰?
一方、ボーディの近所の空き家に、ライク産業の新任工場長一家が引っ越してきて、早速会社の金の行方調査が始まる。一家の一人息子は、黒人少年トーマス。最初はぎこちないボーディとトーマスも、トーマスがジャーヴィスらの陰湿な黒人差別を受け、ボーディが庇ったことで、2人は親しくなる。以来、自然の多いジェサップの森や川を一緒に楽しんだ。
小さな町では誰もが繋がっている。ジャーヴィスの父セシルは、事件当時のライク産業工場長で、小切手の振り出しは全部ライダ・ポーのやったことと言い立てた。対して新工場長は、小切手の筆跡鑑定を依頼。だが、保安官は、セシルの従兄弟だった。
森を探検するボーディとトーマスは、偶然CОRPS(人種の純正と力の十字軍)という名の白人至上主義者グループの隠れ家を見つけ、ジャーヴィスの腕にもその文字の刺青があったことを思いだす。さらに、すぐ近くで埋められていたライダ・ポーの死体を発見するが、それ以降、なぜか彼らは命の危険にさらされるのだった…。
小さな町の中で、誰が味方か殺人者か、白人至上主義者たちがどのように、どこから襲ってくるのか見当もつかないまま、驚愕のラストで謎が解ける。
町中の人間関係が絡み合っての謎解きの妙もさることながら、印象的なシーンがある。いつもポーチから町を観ている、ボーディの隣人の白人ホークとのやり取りである。たとえば、釣り初心者のトーマスに「釣竿を適当に作ってやる」とボーディが言うのだが、「適当に作る」にニガーという差別用語を入れて話し、トーマスを怒らせてしまう。それを隣人ホークに話すと、「言葉の中には歴史の重みを持つものもある」とホークは静かにさとす。
ホーディは弱者を助けたい気持ちを持っているが、身の内に染みこんだ差別や偏見に満ちた言動を知らず知らず使ってしまっていたのだ。誰しもにある無自覚な差別意識に悩み傷つきながらも向き合い、自覚していく少年と、見守る隣人たちの関わりに胸打たれる。
稲塚由美子(ミステリー評論家)
「ふぇみん」・2024年7月25日号・初出