アレン・エスケンス 著
務台夏子 訳
創元推理文庫 1,386円(税込)
アメリカ発、バリー賞など三冠に輝いたアレン・エスケンスのデビュー作『償いの雪が降る』の続編が出た。今でいえば「ヤングケアラー」の若者が主人公の、青春成長小説ミステリーである。
前作で、酒浸りの母、自閉症の弟をもち、自分で貯めたお金で大学に通っていた若者は、本作では大学を卒業し、通信社の記者となっている。
物語は、AP通信社で記者として働くジョーが、ある日、ミネソタ州の田舎町バックリーで起きたジョー・タルバートという男の不審死を知って始まる。プレスリリースには、殺人の疑いがあると書かれていた。死んだ男は、ジョーが生まれてすぐに姿を消し、母によれば「ろくでもないくそ野郎」の顔も知らない父かもしれない。ジョーは事件に興味を抱き、その町へ向かう。
死んだ男は本当に父なのか? 彼はどんな状況で死んだのか? 町で出会う人々に聞き込みを続けるジョーだったが、街の誰もが死んだ男の悪評しか口にしなかった。
父には再婚した女性がいたが、半年前に自殺したとされていた。そして父と彼女の間にはエンジェルという14歳の子どもがいた。ジョーには妹だ。さらにエンジェルは父が死んだときに部屋で自殺を図り、今は病院で意識不明なのだという。
しかも再婚した女性には、彼女の父親から受け継いだ莫大な財産があった。このままいけば、ジョーはエンジェルと共にその財産の相続人となる。そうか、どうりで町の人々は、ジョーを胡散臭い眼で見、エンジェルのおじさんだという男まで現れ、何かと喧嘩を売ってくるはずだ。
だが、誰もが知り合いで、町で起こったことは誰もが知っているという小さな田舎町には、濃密な人間関係があり、その先には、思いもよらない事件の真相が隠されていた…。
本筋の謎解きと並行して、自閉症の弟ジェレミーの養育権をめぐって、アルコール依存症の母とジョーが法廷で争う修羅場がある。「自閉症の息子を育てている」という事実があれば、何をしても情状酌量されるから手元に置いておきたいと、そこまでねじ曲がった母の性根を見限ったつもりのジョーだったが、父の事件を捜査するうち、次第に母とも和解していく。その過程で、本筋の事件解決への糸口をつかむことにもなる。
とはいえ、ジョーは正義感にあふれているからこそ、すぐかっとなり、見境なく相手に殴りかかることもある。行動力にあふれているということは、後先考えずの無鉄砲でもある。だが、過去に苦しみ、背負いきれないほどの現実に右往左往する主人公ジョーは、だからこそ、人間味にあふれ魅力的だ。登場人物の描写も物語の構成も、真っすぐで誠実。自閉症のジェレミーとのやり取りも何ともいとおしい。
* * *
いまだ停戦合意もできないロシアのウクライナ侵攻。スウェーデン、フィンランドの北欧2国のNATO加盟が認められそうで、ますますロシアを孤立させ、戦況を泥沼化させる。戦火の下に無辜の人がいることを忘れてはならない。友人のウクライナ人オルガさんは、4月19日、バルト三国のラトビアのおばさんの家に避難した。
ラトビアはNATO加盟国だから安全だと彼女は言っていたが、両親と祖父一人、祖母二人家族全員でおばさんの家に避難して、さて手持ち現金がなくなってきて、彼女は「仕事を探している」と連絡をくれた。
5月9日、キーウでは少し日常が戻ったとのことで、彼女は「本当はウクライナに戻りたいけど」と漏らすようになった。
6月15日、仕事が見つからない上に、EU制裁によって、バルト三国に隣接するロシアの飛び地カリーニングラードが新たな火種となるかもしれない。家族は皆、27歳のオルガさんだけでも日本に避難するようにと願った。
日本ではウクライナ避難民を特別に受け入れると公式に発表していたが、実際には簡単にはいかない。
SNSで毎日彼女とやり取りして、まずビザを取る。そのためには、外務省ホームページから「身元引受人」フォーマットをダウンロードして、記入してSNSで彼女に送った。ラトビアのウクライナ大使館に相談しても、日本まで避難する相談には乗らないのだ。在ラトビア日本大使館に出向くも理由なく休みのこともある。
7月1日現在、まだビザ申請ができていない。彼女が日本語が話せるにもかかわらずである。励ましながらなんとか進めている。
稲塚由美子(ミステリー評論家)
「we」2022年8/9月・239号・初出