エリー・グリフィス 著

上條ひろみ 訳

1,100円 + 税  創元推理文庫

現代イギリスの多様性社会を反映したような登場人物が、生き生きと謎解きに関わって活躍する本格謎解きミステリーである。インド系でゲイの女性刑事、ウクライナ出身の介護士、修道士崩れのカフェのオーナー、元BBCディレクターのゲイのお年寄りたち。彼らが、お互い皮肉や感情、心の動きをはっきりと言葉に出してわいわい議論しながら謎に挑むのだ。面白い。

物語は、高齢者用共同住宅で、戦争を生き延びた90歳の老婦人ペギー・スミスが、窓辺の椅に座ったまま亡くなっているのが発見されて始まる。発見者はウクライナ人の介護士ナタルカ。ペギーの死は自然死として片付けられるが、ナタルカは不審に思う。

本好きのペギーは「殺人コンサルタント」を自称し、数多くの推理作家に創作のヒントを与えてきた。殺人方法の教唆だ。有名な作家デックス・チャロナーの本をはじめ、多くの殺人に関する本の献辞にペギーへの感謝が書かれていた。さらに、ペギーが死ぬ間際に読んでいたチャロナーの新作見本版には、「われわれはあなたのもとに行く」という奇妙な言葉が記されたポストカードが挟まれていた。何を意味する?

ナタルカは、これは殺人事件ではないか、とインド系の部長刑事ハービンダーに訴えるが、思うような反応が返ってこない。しびれを切らしたナタルカは、同じ共同住宅の入居者である元BBCディレクターのエドウィンや元修道士のベネディクトを巻きこんで、独自の調査を始める。ペギーが関わった作家や本の中に、彼女の死の謎を解く鍵が隠されているのではないかとペギーの部屋を調べていた時、銃を持った覆面の人物が侵入してきて、一冊の推理小説を奪って消えた。そしてチャロナーが何者かに射殺される。誰が?なぜ? 

本書は、ナタルカら多国籍素人探偵団の活躍を描く語りと、インド系のハービンダー部長刑事の捜査の語りが並行して進んでいく。どちらも、社会のあちこちに存在する差別意識や理不尽をユーモアや皮肉に託して口にするが、それが意外な犯人を導き出すヒントとなっていて感服。ひとつひとつの手がかりはシンプルなのだが、そうとは気づかせないための仕掛けが実にうまい。その分、ラスト、意外な真犯人には心底驚かされる。

本書は、2020年MWA賞最優秀長編賞を受賞した『見知らぬ人』の続編で、素人探偵3人の捜査行に、海辺の街やスコットランドのブックフェアの様子が実に生き生きと織りこまれていて楽しい。一方で、過去の第二次世界大戦の影や、現代のイギリスだけでなく、現代のウクライナ情勢も落とし込まれていて深い。作中、あるウクライナ人が「祖国に帰らないの?」と訊かれて、こう返事をするシーンがある。「いつかは帰るよ。ロシア人がいなくなったら」

本をめぐる謎解きで、実在の探偵小説家の名前が多く登場し、議論に花が咲くところも読みどころではあるが、何より、ごちゃまぜの多様な世界がここに息づいていて、ワクワクする。

稲塚由美子(ミステリー評論家)

「ふぇみん」・2022年11月25日号・初出